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前橋地方裁判所高崎支部 平成3年(ワ)131号 判決

原告

佐藤幸義

右訴訟代理人弁護士

金井厚二

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士

君山利男

高崎尚志

右訴訟復代理人弁護士

木村美隆

主文

一  被告は原告に対し、金七五〇万円及びこれに対する平成二年二月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が自由に使用できる勤務先の会社所有の車両を運転代行業者に運転させ、自らは助手席に同乗中、交通事故に遭って受傷し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、一六条の規定に基づき被告に損害賠償を請求した事案である。

一事実

1  責任保険契約の締結

被告は、政府の委託を受けて、自動車損害賠償保障事業の業務を行うことを目的の一つとする保険会社であるが、被告は、原告が勤務する高崎松菱株式会社(現在の社名は「松菱金属工業株式会社」)との間で、昭和六三年一二月三日当時、同社が所有し、原告が業務用、通勤用に使用していた自家用小型乗用自動車(群五九す八七〇六、以下「本件自動車」という。)を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していた(争いがない。)。

2  原告は、車両運転代行業者有限会社中村パーキングサービスピー代行(現在の商号は「有限会社東日本代行モーター販売」、以下「P代行」という。)に対し、昭和六三年一二月三日午前零時ころ、本件自動車に原告を同乗させて、これを高崎市昭和町所在のスナック「234」から原告の自宅まで運び届けること(以下「本件運転代行行為」という。)を依頼し、P代行はこれを承諾した。P代行は、ただちに本件自動車の運転を石原広幸(以下「石原」という。)に割当て、石原は、同日午前一時過ぎ、本件自動車の助手席に原告を同乗させて右スナックから原告宅に向って運転を開始した〈書証番号略〉、証人石原、原告)。

3  交通事故の発生

石原が、本件自動車を運転中、原告は次の交通事故(以下「本件事故」という。)によって傷害を受けた(争いがない。)。

(一) 発生時 昭和六三年一二月三日午前一時三五分頃

(二) 場所 高崎市昭和町一八〇番地先十字路市道上

(三) 加害車両 登丸正浩運転の普通乗用自動車(群五七ま五四二〇)

(四) 被害車両 本件自動車

(五) 事故態様 石原が本件自動車を運転し、対面信号が黄色点滅中に前記十字路を西方から東方に向けて走行していた際、対面信号が赤色点滅中に前記十字路を南方から北方に向けて走行してきた加害車両と衝突した。

4  原告の傷害と損害

原告は、本件事故によって右眼球破裂、右眼瞼裂傷等の傷害を負い、右傷害により、右眼失明と右眼瞼の瘢痕の後遺症が残った。右後遺障害は、自賠法の後遺障害等級第八級一号に該当し、この等級の自賠責後遺障害保険金額は七五〇万円である(争いがない。)。

二争点

1  P代行及び石原は自賠法三条本文に規定する「運行の用に供する者」(以下「運行供用者」という。)に該当するか否か。

(一) 原告の主張

P代行は、原告から本件自動車の運転代行行為を請け負ったものであり、石原はP代行から更に右運転代行行為を請け負って本件自動車を運転する権限を与えられたものであるから、両者は原告と共に運行供用者である。

(二) 被告の主張

原告は、本件自動車を業務以外にも使用し、その運行支配は所有者と同等もしくはそれ以上のものであったのであり、本件事故の際も本件自動車の助手席に同乗し、ほぼ全面的にその運行を支配していたものであるから、原告のみが運行供用者であって、P代行も石原も運行供用者ではない。石原は他人のために自動車を運転していた者であるから、自賠法二条四項の「運転者」にすぎない。

2  原告は、自賠法三条本文に規定する「他人」に該当するか否か。

(一) 原告の主張

自賠法に規定する「運行供用者」概念も、「他人」概念も、事故関係者の相対的関係で決められる概念であるから、複数の運行供用者が存在する場合にそのうちの一人が被害者であるときは、その被害者は、他の運行供用者との関係では「他人」といえる場合もあり、本件の場合、原告は「他人」に該当する。

(二) 被告の主張

原告は、本件事故の際ほぼ全面的にその運行を支配していたもので運行供用者であるから、原告は「他人」に該当しない。

仮に、石原が原告とともに運行供用者であったとしても、原告は、本件自動車に同乗し、本件事故の防止につき中心的な責任を負い、石原の運転につき具体的に指示することができる立場にあったのであるから、石原が原告の運行支配に服さず原告の指示を守らなかった等の特別の事情のない本件においては、本件自動車の具体的運行に対する原告の支配の程度は、運転していた石原のそれに比して優るとも劣らないものであり、このような運行支配を有する原告は、その運行支配に服すべき立場にある石原に対する関係において「他人」に該当しない。このことは、原告とP代行との関係においても同様である。

第三争点に対する判断

一争点1(石原とP代行が運行供用者か否か)について

1  いわゆる運転代行業とは、正当な権限を有して自動車を保有している者(以下「利用者」という)に代わってその自動車を目的地まで安全に運転する役務を提供し、それに対して報酬を受領する業務をいい、多くの場合、利用者をもその自動車に同乗させて運ぶ形をとっている。その営業活動を開始するにあたっては、行政庁の許認可は不要であり、その営業活動に関しても何らの法的規制はなく、同業者間の事実上の取決めがあるほかは各業者が独自の営業形態でその活動を行っているものである。直接当該自動車を運転する代行運転者についても、運転代行業者が雇用契約を結んだ自己の従業員を利用者の依頼に備えて待機させておく場合もあれば、雇用関係を結ばず、自己の会員として登録させて、各会員に運転代行行為を下請けさせる場合もある(〈書証番号略〉、証人中村、同石原)。

本件のP代行は、代行運転者については会員制をとり、次のような営業形態をとっている。すなわち、新聞で代行運転者となる会員を募集し、募集に応じた代行運転者はP代行に月会費を支払い、P代行の会員として登録される。P代行が利用者から運転代行の依頼を受けると、利用者が特定の運転者を指名する場合を除き、P代行は待機している各会員に順番に代行運転の依頼を割当てる。代行運転者は、P代行から貸与を受け或いは自ら用意した移動用の自動車で、自ら雇用した運転助手又はP代行から指定された運転助手を伴って利用者の指定した場所に行き、そこから利用者の依頼した自動車に利用者を乗せて、これを運転して指定の場所に運ぶ(これを「運転代行行為」という。)。運転助手は移動用の自動車を運転して、右代行運転車両に追随する。代行運転者は、P代行が決めた料金表にしたがって利用者から料金を受け取り、右料金は、取決めにしたがってP代行、代行運転者及び運転助手の間で分配される(〈書証番号略〉、証人石原、同中村)。

石原は、P代行の会員であり、本件事故直前にP代行から無線連絡で運転代行の依頼を受け、自己所有の自動車に、自ら雇用した運転助手の福田三津江(以下「福田」という。)を同乗させて、原告の待つスナック「234」に赴き、原告を本件自動車に同乗させ、自己所有の自動車を福田に運転させて、原告の指示した目的地である高崎市江木町の原告宅に向けて本件自動車の運転を開始したものである(証人石原、同中村、原告)。

2 以上の事実によれば、P代行は、原告から依頼を受けて原告及び本件自動車の輸送を請け負ったものとして、正当な使用権限に基づいてこれを運行の用に供していたものであり、また、石原もP代行から本件運転代行行為を請け負い、原告の指示した目的地まで安全に原告及び本件自動車を送り届けるという責務を負い、実際に本件自動車を運転していた者であるから、いずれも運行利益及び運行支配を有するものであり、従って、P代行も石原も運行供用者であるというべきである。

二争点2(原告が「他人」か否か)について

一般に、利用者が当該自動車の運転を運行代行業者に依頼するのは、多くは利用者が飲酒のため酒気帯び又は酒酔い状態にあって安全な運転ができない場合であり、運転代行業という営業自体右のような場合を想定して出現したモータービジネスであることは公知の事実であるから、運転代行業者に運転代行行為を依頼するということは、運行支配の一部又は全部を右業者に委ねたとも解されるのである。

そこで本件についてみるに、本件自動車は、原告が勤務する高崎松菱株式会社の所有する車両で(争いがない。)、ガソリン代などは右会社が負担したが、原告が本件自動車をほとんど一人で営業、通勤のために使用していたほか、原告の自宅の車庫に置いて私的な買物などにも使用していた(原告)のであるから、通常は原告は本件自動車について運行利益、運行支配を有していたといい得る。本件事故当時において直接運転していたのは石原であったが、原告は本件自動車の助手席に同乗しており、原告がP代行に運転の代行を依頼したのは、高崎市内所在のスナックから同市内所在の原告の自宅に帰るまでの比較的短い距離であったこと(前示事実2)などの諸事情を勘案すると、原告は、本件事故当時も本件自動車に対する運行支配を完全に失った状態にあったということはできないから、原告はP代行及び石原とともに本件自動車について運行供用者であるというべきである。

右のように、被害を受けた者が複数の運行供用者のうちの一人である場合、その者が運行供用者であるとの理由から常に「他人」には該当しないということはできない。他の運行供用者の運行支配の程度、態様が、当該被害者である運行供用者のそれよりも直接的、顕在的、具体的であるときには、被害者である運行供用者は自賠法三条本文の「他人」として保護されると解すべきである。

そこで、原告と石原の運行支配の程度、態様につき比較検討する。

まず、石原と原告との関係について考察すると、原告は、最後に立ち寄って飲酒したスナック「234」の従業員に、会社名を特別指定せずに代行運転してくれる人を呼んでほしいと頼み、たまたま右スナックの従業員がP代行に依頼し、その会員である石原が連絡を受けて右スナックに赴いた(原告)ものであるから、石原と原告とは単に代行運転者とその利用者という契約上の関係以外なんら密接な人的関係はない。そして、運転代行契約における代行運転者と利用者との関係をみるに、一般に代行運転者は、当該車両の運転中、輸送の安全と円滑を確保するために利用者に対して職務上の指示を出すことができ、利用者はこれに従うべきものとされ、利用者が代行運転者に法令に反する行為を強要したり、その業務に支障をきたす行為をしたときには、代行運転者は自らの判断で当該自動車の運行の継続を拒否することができるとされ(〈書証番号略〉、証人中村)、本件の場合も原告は運転については石原の指示に従うべきものであったと解される。また、運転代行業者と利用者との運転代行契約は、利用者及び自動車を指定の場所まで輸送するというものであるから、商法五九〇条の旅客運送契約の規定が適用されると解され、利用者が輸送の過程で死傷すれば運転代行業者は債務不履行による損害を賠償する責任を負うことになるが、P代行と原告との契約においても、代行運転者がその行為によって利用者の生命又は身体を害し、または利用者の自動車を損壊したときには、P代行はこれによって生じた損害を賠償する義務を負う旨の合意がなされ(〈書証番号略〉、証人中村、同石原)、このため、代行運転者である石原は、P代行が右損害賠償義務を履行する場合に備えて、保険料としてP代行に対し毎月一万円を支払っていたものである(〈書証番号略〉、証人中村、同石原)。

加えるに、本件事故当時において、原告は、午後七時ころから翌日の午前一時ころにかけて二件の飲食店でウィスキーの水割り八、九杯くらいを飲酒し(原告)、原告が、石原に対し、原告の自宅に行ってほしいと指示して本件自動車に同乗したものであり、石原の運転開始後は原告は石原に対し何らの指示もしていない(証人石原、同中村、原告)のであるから、原告は、事実上も酩酊のため自動車を安全に運転できる状態ではなく、石原に運転を委ねていたものである。

右事実を総合すると、本件代行運転中、契約上も事実上も石原が事故の防止につき中心的責任を負う立場にあり、原告は石原に対し、運転の交替を命じたり、その運転について具体的に指示することができる立場にはなかったものである。

以上によれば、本件代行運転中は、本件自動車の運行について石原による運行支配の方が原告によるそれに較べてより直接的、顕在的、具体的であったというべきである。

3  したがって、原告は運行供用者であっても、石原に対する関係では、自賠法三条にいう「他人」に該当すると解するのが相当である。

(裁判長裁判官稲葉耶季 裁判官髙橋文淸 裁判官齋藤紀子)

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